DX戦略の事例は、製造・流通・金融・建設・自治体の5つを公開資料で見ると、「ビジョンから重点領域を絞り、推進体制と数値目標をセットで決めている」点が共通しています。本記事では、経済産業省・東京証券取引所・IPA(情報処理推進機構)が公表した「DX銘柄2025」の資料と、総務省の自治体DX全体手順書を出典に、5つの事例と、そこから読み取れる3つの特徴、自社のDX戦略を作る手順STEP1〜STEP4を整理します。数値は各資料の記載をそのまま引用しており、2026年10月時点で確認できた内容です。
DX戦略の事例5選|戦略の立て方と成果を出した企業の共通点
DX戦略とは何を決める計画か
DX戦略とは、デジタル技術で何を変え、どの順番で、誰が進めるかを決める計画です。
ツールの導入計画とは異なり、事業や業務のどこを変えるかという経営の選択が中心になります。事例を読むときも、導入した技術の名前ではなく「何を変えると決めたのか」に注目すると、自社に持ち帰れる部分が見えてきます。

DX戦略と経営戦略の関係
DX戦略は経営戦略の一部であり、情報システム部門だけで完結する計画ではありません。
IPAが公開した「DX銘柄2025」の報告書は、企業が経営ビジョンとビジネスモデルを定め、その方策としてデジタル技術を組み込んだ経営戦略をステークホルダーに示すことの重要性を述べています。経済産業省が2020年11月に取りまとめた「デジタルガバナンス・コード」も、経営ビジョンの策定と公表を経営者に求める内容です。つまり、まず経営として何を目指すかがあり、DX戦略はそれを実現する手段として置かれます。
この関係を取り違えると、「全社でAIを使う」「クラウドへ移行する」といった手段の宣言だけが並び、事業のどこが良くなるのかが読み取れない計画になりがちです。DX戦略の進め方の基本は、DX戦略とは何か?策定プロセスと進め方の基本でも整理しています。
戦略に入れる要素
戦略に入れる要素は、ビジョン、戦略、組織、人材、IT、データ、成果指標の7つが目安です。
この整理は、IPAの報告書が「DX銘柄2025」の評価で使った大分類に対応しています。評価項目は、経営ビジョン・ビジネスモデルの策定、DX戦略の策定、組織づくり、デジタル人材の育成・確保、ITシステム・サイバーセキュリティ、成果指標の設定・DX戦略の見直し、ステークホルダーとの対話です。各要素で決めることを表にまとめます。
要素 | 戦略の中で決めること |
|---|---|
経営ビジョン・ビジネスモデル | どんな会社になるか、どの事業をどう変えるか |
DX戦略 | 重点領域、取り組みの順番、投資の考え方 |
組織づくり | 推進責任者、会議体、事業部門との役割分担 |
デジタル人材 | 育成する人材像、研修、外部人材の使い方 |
IT・セキュリティ | 基盤の方針、古いシステムへの対応、情報管理 |
成果指標・見直し | 追うKPI、確認の頻度、続けるか止めるかの基準 |
ステークホルダーとの対話 | 投資家・従業員・取引先への説明の仕方 |
次の章で見る5つの事例は、この要素のうち「重点領域」「組織」「成果指標」の決め方に特に違いが表れています。
DX戦略の事例5選
5つの事例は、製造・小売・金融・建設の4社と、自治体の取り組みです。
企業4社は、IPAが2025年5月30日に公開した「DX銘柄2025」選定企業のDX事例(56社分)から選びました。DX銘柄は、東京証券取引所に上場する企業のうち、企業価値の向上につながるDXの仕組みを社内に作り、実績が表れている企業を経済産業省・東京証券取引所・IPAが選定するものです。自治体の事例は、総務省の「自治体DX全体手順書(第4.0版)」に載っている取り組みです。なお、報道によると2026年にも新しい選定結果が発表されているため、最新の状況は経済産業省の公式発表で確認してください。
製造業の事例
ブリヂストンは、現場のデータとシミュレーションを組み合わせ、事業ごとにDXの役割を分けています。
同社は「2050年 サステナブルなソリューションカンパニー」というビジョンのもと、バリューチェーン全体でDXを進めています。DXのテーマは「より大きなデータで、より早く、より容易に、より正確に」です。現場密着の技術サービスで得た顧客データや開発データといった強い「リアル」に、独自のシミュレーションやアルゴリズムという「デジタル」を掛け合わせる考え方です。
戦略の特徴は、事業ごとに役割を決めている点です。コアのプレミアムタイヤ事業では価値を創造し、成長事業のソリューション事業では価値を増幅し、新しい種まきの探索事業ではビジネスモデルを探る、という整理です。成果指標も具体的で、プレミアムタイヤの販売比率を、2023年の57%から2024年に60%、2026年には70%にする目標を置いています(IPA「DX銘柄2025」報告書)。
小売・流通業の事例
アスクルは、商品選定と物流にDXを絞り、データドリブン企業への転換を目指しています。
同社はオフィス通販からのトランスフォーメーションを掲げ、強みである商品力を支えるマーチャンダイジングと、お客様の評価が高い物流領域に注力しています。商品選定や価格設定を担当者が手作業で行っていた業務をAIで自動化し、独自価値のある商品開発に時間を回す狙いです。
推進体制も明確です。CDXO(最高DX責任者)、CTO、CHOが三位一体で推進し、2022年に設立した「DX審議会」を四半期に一度開いて、経営戦略との整合性や投資対効果を確認しています。成果指標は、新サイトへのお客様移行を2025年5月期中に完了すること、物流拠点のASKUL関東DCを2026年5月期初に稼働させること、価格最適化を2026年5月期から本格実装することなど、時期を区切って置かれています(IPA「DX銘柄2025」報告書)。
金融業の事例
三井住友フィナンシャルグループは、毎月の経営会議で投資を判断し、施策を継続・縮小・廃止まで決めています。
同グループはDXを業界地図を塗り替える機会と脅威の両方と捉え、金融の枠を超えたビジョンを掲げています。2017年8月からDX推進の経営会議「CDIOミーティング」を毎月開き、DX案件への投資を機動的に決める体制です。2023年3月には、口座・カード・証券・保険を1つに集約したモバイル総合金融サービス「Olive」を始めました。
AIでは、従業員向けの生成AI「SMBC-GAI」が1日2万件以上使われています。さらに、現在と次期の中期経営計画の合算で500億円の生成AI関連IT投資の枠を設けました。施策は実施前に費用と効果を経営会議で確認し、実施後も効果と進捗を定期的に点検して、継続・縮小・廃止をトップダウンで判断しています(IPA「DX銘柄2025」報告書)。
建設・不動産業の事例
大成建設は、重点領域を3つに絞り、現場への導入数をKPIにしています。
同社は、グループ理念のもとで策定した「TAISEI VISION 2030」達成計画の中にDXを位置づけ、注力領域を「生産プロセス」「経営基盤」「サービス・ソリューション」の3つに整理しました。DXを支える技術として、デジタルツイン、AI、リモート技術をコア技術に定めています。
体制面では、2020年に全社横断の「DX推進委員会」を置き、2024年1月に「DX戦略部」を新設しました。人材面では、2023年10月に全社のデジタル教育機関「DXアカデミー」を開講しています。KPIは、デジタルを高度に使う作業所数の累計で、2026年度の目標650作業所に対して2024年度の実績は324作業所です(IPA「DX銘柄2025」報告書)。不動産に近い領域では、建物の運用データを統合する「LifeCycleOS」をもとに、施設の運用管理サービスへ事業を広げています。
行政・自治体の事例
自治体では、DXの宣言、憲章、専任の担当課という形で、全体方針と体制を先に整えています。
総務省の「自治体DX全体手順書(第4.0版)」(2025年3月28日)は、DXの手順をステップ0「認識共有・機運醸成」、ステップ1「全体方針の決定」、ステップ2「推進体制の整備」、ステップ3「取組の実行」に整理しています。機運醸成の事例として、大阪府豊中市は市長自らが「とよなかデジタル・ガバメント宣言」を行いました。千葉県市川市は、判断基準を内外の関係者と共有するための「市川市DX憲章」を明文化しています。
体制では、奈良県橿原市が独立したDX推進担当課を設けた例として紹介されています。全体方針の策定状況は、2023年度に策定済みまたは策定予定の団体が、都道府県では全団体、市区町村では862団体(49.7%)です(2022年4月1日時点、総務省の資料)。企業と同様に、方針と体制が先に決まっていることが取り組みの土台になっています。
成果を出した企業に共通する3つの特徴
共通する特徴は、重点領域を絞ること、体制と人材を決めること、数値目標で見直すことの3つです。

この3つは、5つの事例の記述を編集部が比べて整理したもので、各社が公式にそう定義しているわけではありません。
重点領域を絞っている
ブリヂストンは事業ごとに役割を分け、アスクルは商品選定と物流に注力し、大成建設は3つの領域に絞っています。
全部を同時に変えようとせず、事業の強みに近い領域から着手している点が共通です。絞り込みの基準は「自社の競争力に直結するか」で、流行の技術から選んでいる事例は見当たりませんでした。
体制と人材を戦略とセットで決めている
三井住友FGは毎月の会議体、アスクルはCDXOと四半期のDX審議会、大成建設はDX戦略部とDXアカデミーを置いています。
共通するのは、推進責任者と会議体と教育の場を、戦略と同時に制度として用意している点です。IT人材は2030年に約79万人不足する見込みとされており、人材の確保と育成を後回しにすると、戦略を実行できなくなるおそれがあります。
数値目標で進捗を確認し、見直している
ブリヂストンの販売比率、大成建設の作業所数、アスクルの稼働時期は、いずれも時期と数字が決まった目標です。
三井住友FGは、施策の効果を定期的に点検して継続・縮小・廃止を判断しています。IPAの評価項目にも「成果指標の設定・DX戦略の見直し」があり、作って終わりにしない仕組みが評価の対象になっています。
DX戦略を作る手順 STEP1〜STEP4
DX戦略は、現状整理、目指す姿、施策と優先順位、KPIと体制の4段階で作れます。

各STEPで用意するもの(入力)と出来上がるもの(出力)を示します。事例の共通点がそのまま手順に対応しています。
STEP1 現状と課題を整理する
STEP1では、事業・業務・システム・人材の現状を洗い出し、課題を一覧にします。
- 入力: 事業別の売上と利益、主要業務の流れ、基幹システムの一覧、部門へのヒアリング結果。
- 作業: 各部門に「時間がかかっている業務」「データが散らばっている業務」を聞き、原因を書き出します。
- 出力: 課題の一覧表(課題、影響する事業、原因、緊急度)。
自治体の手順書でも、ステップ0で現場の課題抽出や若手職員のプロジェクトチームが事例として挙げられています。現場の声を集める作業は、後の合意形成にも効きます。
STEP2 目指す姿を定める
STEP2では、3年後に事業をどう変えたいかを、経営の言葉で1〜2文にまとめます。
- 入力: STEP1の課題一覧、中期経営計画、経営陣へのヒアリング。
- 作業: 課題の中から「事業の強みを伸ばすもの」を選び、目指す姿を文章にします。
- 出力: DXビジョン(1〜2文)と、重点領域(2〜3つ)。
大成建設の3領域のように、重点領域は3つ以内に絞ると、経営陣と現場の双方が覚えやすくなります。
STEP3 施策と優先順位を決める
STEP3では、重点領域ごとに施策を挙げ、効果と難しさで優先順位をつけます。
- 入力: 重点領域、必要な投資の概算、実行に使える人員。
- 作業: 施策ごとに「期待する効果」「実現の難しさ」「着手時期」を並べ、効果が大きく取り組みやすいものから順に並べます。
- 出力: 施策の一覧と、年度ごとのロードマップ。
三井住友FGのように、施策の実施前に費用と効果を確認する場を決めておくと、優先順位の見直しもしやすくなります。
STEP4 KPIと推進体制を決める
STEP4では、施策ごとのKPIと、推進責任者・会議体・見直しの頻度を決めます。
- 入力: STEP3の施策一覧、現在の数値(ベースライン)。
- 作業: 施策ごとに、現在値、目標値、達成時期を決めます。責任者と会議体を指名し、確認の頻度を決めます。
- 出力: KPI一覧と、推進体制図、見直しのルール。
架空の中堅製造業「A社」を例に、STEP1〜STEP4の出力を1枚にまとめると次のようになります。数値は説明用に置いた架空のものです。
項目 | A社(架空)の記載例 |
|---|---|
課題(STEP1) | 見積作成に平均5営業日かかり、受注の機会を逃しています |
目指す姿(STEP2) | 3年後に、顧客への見積回答を当日中に返せる会社を目指します |
重点領域(STEP2) | 見積業務の自動化と、設計データの一元管理に絞ります |
施策と順番(STEP3) | 1年目に見積の定型化、2年目に設計データ基盤を整え、3年目に全工場へ展開します |
KPI(STEP4) | 見積回答日数を5営業日から1営業日にします。四半期ごとに確認します |
体制(STEP4) | 責任者は経営企画担当役員。月1回の推進会議で施策の継続・縮小・廃止を判断します |
DX戦略の策定で使う整理の型はDX戦略のフレームワーク、コンサルタント向けの進め方はDX戦略の立て方【コンサル・PMO向け2026年版】も参考になります。
事例を自社に活かすときの注意点
事例は構造を借りるもので、規模や数値をそのまま真似するものではありません。
注意点は4つあります。1つ目は、規模の違いです。DX銘柄の選定対象は、東京証券取引所の上場企業のうち「DX認定」を取得した企業で、投資規模や人員は中堅・中小企業と大きく異なります。そのため、真似るのは投資額ではなく「重点領域を絞る」「責任者を置く」といった構造です。
2つ目は、KPIの定義が各社で異なることです。販売比率や作業所数といった数字は、各社が自社の事業に合わせて定義したもので、会社間で優劣を比べるものではありません。3つ目は、公開資料が各社自身の記述にもとづくことです。成果の数字は各社の自己申告を含むため、気になる数字は一次資料で確認してから使ってください。4つ目は、自社の現状が前提になることです。STEP1を省いて他社の施策を持ち込むと、課題とずれた施策になります。
戦略の策定を外部のコンサルタントに依頼する場合、DX・ITコンサルタントの月額単価は100万〜160万円(平均で約120万円)が目安とされています。依頼の範囲は、STEP1〜STEP4のどこまでを任せるかで変わるため、事前に切り分けておくと相談がスムーズです。個別の判断が必要な場合は、専門家への相談をおすすめします。
まとめ|事例から学び自社の戦略に落とし込む
成果を出している事例の共通点は、重点領域を絞り、体制と人材を決め、数値目標で見直していることです。
ブリヂストン、アスクル、三井住友フィナンシャルグループ、大成建設、そして豊中市・市川市・橿原市のいずれも、技術の名前より先に、変える領域と進め方を決めています。自社に落とし込むときは、STEP1で現状を整理し、STEP2で重点領域を2〜3つに絞り、STEP3で優先順位をつけ、STEP4でKPIと責任者を決める順で進めてください。まず手を付けるのは、課題の一覧表づくりです。基本の考え方はDX戦略とは?策定の基本ステップでも確認できます。
本記事は2026年10月時点の情報に基づいています。
出典・参考情報
- IPA「『DX銘柄2025』選定企業の先進的なDX事例を一挙公開」(2025年5月30日)(2026-10-13参照)
- 経済産業省・東京証券取引所・IPA「DX銘柄2025」報告書(ブリヂストン、アスクル、三井住友フィナンシャルグループ、大成建設の各事例)(2026-10-13参照)
- 総務省「自治体DX全体手順書【第4.0版】」(2025年3月28日)(2026-10-13参照)
本記事のデータは2026年10月13日時点の情報に基づきます。制度・統計は変動するため、最新情報は各公的機関の発表を直接ご確認ください。
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